(本)孤闘・立花宗茂 上田秀人著

1600年関ヶ原の戦いの資料やネットで情報を見ていると、立花宗茂公という名前が出てきます。西軍として戦い大津城を攻めていた時に関ヶ原の戦いが1日で終わり、立花宗茂が関ヶ原に間に合っていたら西軍が勝っていたかもしれないのように書かれている人もいる。

存在はしっていたが、じっくり時代小説を読むのは始めてだった。

『関ヶ原の戦いで改易後、大名として旧領に復帰した唯一の武将である。』

その旧領が、筑後柳河藩。九州のこと。「やながわ」という名前が、場所は違うにしてもまた興味をそそられる。

秀吉は諸大名の前で「東に本多忠勝という天下無双の大将がいるように、西には立花宗茂という天下無双の大将がいる」と、その武将としての器量を高く褒め称えたという。 ※ウィキペディアより

関ヶ原で西軍として戦った武将はとても興味がある。あと、立花宗茂公に自然と惹かれるなと調べて行くと、なんと関ヶ原の後に福島県の棚倉町、棚倉藩主になっているではありませんか!棚倉藩主になってから加増されていき、旧領である筑後柳河藩に復帰したのです。棚倉にいたときに大変な働きをされたのだろうと想像できます。

戦国時代、ここ最近はまっています。次は嶋左近の本を読みます。

 

 

 

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