明日から全国山城サミット桑折大会

明日10月30日(土)と31日(日)に、桑折町では「全国山城サミット桑折大会」が開催されます。大会の成功を祈念し、桑折西山城と旧伊達郡役所と万正寺の大カヤでライトアップされています。とくに、西山城のライトアップは、日が暮れると全くみえなくなる山城が光っていて、色づき始めた木々を照らしていて美しいです。

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梁川城(伊達市梁川町)から見える半田山(桑折町)

今日は水曜日、朝7時に今週もメールマガジンを配信しました。今週も予定通り配信できて安心の水曜日であります。毎週やってくるこの感じ、悪く無し。

さて、上の写真は久しぶりに伊達市梁川町の梁川城跡に訪れたときに撮影したもの。城跡から東側を向いています。

時間帯は夕方。久しぶりに訪れた梁川城跡には、「政宗ダテニクルラリー2019」というスタンプラリーのスタンプが押せるボックスが設置されていて、今まで、歴史ある「心字の池」まで行けないようになっていた鎖も外されて入りやすくなっていました。あの鎖、意味不明でした。笑

心字の池」の前でゆっくりと時間を過ごしているのは私一人。癒される時間を過ごし、東側を見ると、上のような写真の景色が見えました。並んでいる木々は桜です。桜の季節には、ここが桜の花でキレイに咲き誇ります。

その木々の間から、桑折町の半田山が見えました。ここに城を築かれたのは伊達市ホームページによると鎌倉時代。その後、伊達氏が拠点として整備され、戦国時代には蒲生氏、上杉氏、の居城となりました。(ちなみに、上杉氏の時代は、須田長義公が城主でした。長義公の墓所は梁川町の興國寺にあります。)

そんな歴史のあるこの場所。城跡の場所というのは、人が必ずここに居ただろうと想像でき、もちろん、町中にもいたわけですが、ここに居た方々が見た景色は、今も変わらず半田山が見えていたのではないだろうかと思うと、不思議な感じもあり、ロマンを感じることもあり、です。

「残す」というのは、私が常に考えているテーマですが、この場所からのこの景色を残していけるのか。残していくのに自分ができることはなにか。足を運ぶとさらに考えることになりました。これが現場力であります。

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霊山登山で思う地元の歴史の残し方

今日から8月。福島県は梅雨明けし、毎日30℃超えになっています。実家の梁川町の最高気温が、全国の最高気温ランキングでランクインする季節がやってきた。毎年暑い福島県のなかでも、暑い町である。

さて、先月の下旬に伊達市霊山町の霊山を登ってきた。一緒に登ったのは、福島りょうぜん漬の漬物王子こと森藤洋紀さん( @ryozenzuke )。以前から霊山の歴史について、とくに北畠顕家公についてよくお互い知っていることを話てきた。

私は、ここ伊達市の霊山に北畠顕家公という後の天皇と一緒に入った人がいることに驚き、祀られている霊山神社があることにまた驚き、この神社が創建されたのは明治時代に入ってからという新しい神社であることを知り、私の知識の無さにも驚き、どんどんここの歴史に興味をもっていった。

主人公となっている時代小説「破軍の星」(北方謙三著)を早速探しに、文庫本が1993年なので福島の書店にあるかどうか不安だったが、福島駅西口にある岩瀬書店の文庫本コーナーに1冊在庫があった。即購入した。考えてみれば、福島県の郷土本コーナーに置いても良い書籍だろう。

昨年2018年は、北畠顕家公の生誕700年の年であり、伊達市の保原歴史資料館などで記念展示やイベントが開催された1年だった。もちろん、足を運び、知識の無い頭に少しずつ少しずつ霊山の知識を入れていった。

まだまだ知識不足だが、北畠顕家公と後の後村上天皇である義良親王が宮城県多賀城から霊山に移した拠点である霊山城へ足を運び現地で空気を感じたいと思い、以前から話していた森藤さんと登ることにしたのだ。

森藤さんは地元出身、小さいころから何度か登っているという。私は初めて。登山道、景色、全てが新鮮だった。登山道がよく整備されており、歩きやすいところを見ると、地域で守ってきていることがよく分かる。

山を登っていき約1時間くらいで霊山城跡に到着。城跡は平地になっており、義良親王と霊山城跡という大きな石碑があり、霊山城の歴史を伝える案内板がある。案内板は、歴史を知らない方に伝える大事な資料。ぜひ、これからも定期的に新しくし、時代にあった読みやすい形にしていってもらいたい。可能であれば、石碑の説明もほしいところだ。あと、休憩のできるベンチも。

地域の歴史は「残す」というキーワードが重要だ。残せない地域をいくつも見てきている。地元の梁川町にも残すことができなかった歴史的な場所がある。本当に残念だ。ここ霊山は、まだまだ残っている場所が多い。これを残していけるかどうかは、いまを生きる世代にかかっている。私はこの場所があることをとにかく伝えたいと、登山しながら思っていた。

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