の続きです。
石巻市内で夕食を食べた後、女川に戻り、今回の宿泊場所であるトレーラーハウス・エルファロへ
中央にあるレストランとテラス。
夜遅くまで、今回、石巻・女川で見たこと、感じたことやこれから福島で自分たちがやれること、やっていきたいこと、いろんな話をしました。旅先でのこのような話ってとても貴重だと思う。仲間と旅をすることで生まれることってたくさんある。鈴木さんは、語り合ったあと、2時前まで放送されていたドキュメント番組でテレビに釘付けだった。僕は先に寝て、イビキをかいてしまっていたようで。。。すみません。
2時前に寝た僕は、5時半くらいに目が覚めて、エルファロの周りを散歩してみた。旅に行くと必ず泊まった場所の周りをいつも散歩するようにしています。朝が好きってこともあるし、とても気持ちいいし、その場所の発見がいつもあるから。
歩いてみて分かったけど、このトレーラーハウスのところまで、津波が来ていた。
宿泊したトレーラーハウスを背にして撮影。海は道のずっと先です。ここからでは見えません。とても信じられませんでした。
自動販売機3台の後ろに「がんばっぺ女川!」の文字。ここは、仮設住宅で生活している人や復興の工事事務所から現場に向かう人が通る場所。この文字をみなさんずっと見てきたと思うと、涙が出ました。
散歩していると、仮設住宅で生活している人とすれ違い挨拶させていただきました。
「おはようございます!」と挨拶すると、「うぃっす!」と元気な声が返ってきました。テキストで見ると、なんか冷たそうな感じがするかもしれませんが、とても暖かい表情と声でした。何人か挨拶させていただきましたが、みなさん「うぃっす!」でした。女川の方の距離が近くなった瞬間だったような気がします。福島から来た僕に、こんな風に声をかけてくださってありがとうございます。
歩いていると、マンホールも気になって、撮影。
きらきら・いきいき港 女川
ONAGAWA
朝食を宿舎でしたあとチェックアウトして、海沿いのブルーラインを通り北上しました。高いところから見る海は、とてもキレイでした。写真撮ればよかった。「うわー、キレイだなー」とあっとうされて撮るの忘れてしまった。それほどキレイでした。
北上し、こちらも津波の被害が大きかった雄勝町、そして、小学校の校庭で避難していた児童がたくさん亡くなられた石巻市の大川小学校へ。校舎は残っており、その前に慰霊碑がありました。遺族の方なのか、たくさんの方が訪れていました。大型バスも止まっていました。
その後、女川町に戻りました。
女川町地域医療センター横の女川さいがいFMで、生放送「おながわなう」が放送されていました。
建物の左側にラジカセが置かれていて、建物内から発信している音・声を流していました。いつもサイマルラジオで聞いていた声が、ここから流れ隣で放送されていた。建物の写真をツイッターで女川さいがいFMのツイッターに、「福島からきましたよー!」とツイートしておきました。このツイートを見てくださって、このあと返信をもらうことに。それはまたあとで。
女川さいがいFMをあとにし、そろそろ昼食をとって福島に戻らなくてはならない時間に。
昼食は、ニューこのり、というお店に行きました。
注文したのは、活穴子天丼。ボリュームたっぷり、とても美味しかった!お店の中では「おながわなう」が流れていました。でも、団体さんが来ていて、大きな声で笑顔で話すおばさま方で放送は聞こえなかった。笑。でも、このたくさんの人、たくさんの声、笑顔がとても良いことだなー、と。
食事終了後、福島へ向かいました。女川町を出る前に、「福島戻ります。女川またきます。」とツイートすると、
@shinnemonsan はるばる福島よりありがとうございます。また来てくださいね〜。
— 女川さいがいFM (@onagawaFM) June 17, 2013
女川さいがいFMさんから返信が。
「はるばる福島よりありがとうございます。また来てくださいね〜」
はい、また行きます!返信ありがとうございます。
被災地に足を運ぶというのが、どうなのだろう。と思っていた。行ってよいのだろうか。町の人にどんな風に思われるのか。そんな思いが大きくて、なかなか足を運べなかった。2年が経って、そろそろ行っても良いのかな、と思ったり、そして行ってみて、来たのが遅かったんじゃないかと感じたり、いろんな感情が僕の中に生まれた二日間だった。
映像や写真では見たことがあったけど、実際に行くことで、頑張っている人を見てきて、福島から来た僕に「ういっす!」と元気に挨拶してくれたり、笑顔で「いらっしゃいませ」と言ってくれたり、「はるばる福島よりありがとうございます!また来てくださいね〜」とツイートをしてくれたり、僕に与えてくれたものはとても大きかった。被災地に行くと、「逆に元気をもらった」と言う方の話を聞いたことがあるけど、本当にそうだと思った。元気もらって、頑張らなきゃと。そして、人生楽しまなきゃと。
これから、自分が成長し、その成長した状態でまた女川町に行きたい。今以上に復興していく女川町をまた見に行きたい。
行くためには、自分が成長しなければ。
「はい、また行きます!」
がんばっぺ女川!負げねーど宮城!おだづなよ津波!
女川は流されたのではない
新しい女川に生まれ変わるんだ
人々は負けずに待ち続ける
新しい女川に住む喜びを感じるために
(女川町小学生の詩)












