今日はレンタカーで移動しました。

 

先日の豪雨の影響で、会津若松駅からの只見線が運休していて代行バスになっています。只見線に乗る予定でしたが、代行バスの本数も少ないということでレンタカーで移動することにしました。

今日、相棒になってくれたレンタカー。マツダのデミオ。

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福島から会津に車で向かう際は必ずと言っていいほど土津神社。

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新潟ナンバーで訪れていた年配のご夫婦の方とお話し、土津神社、保科正之公の話をさせていただいたら、「学校の先生ですか?」と聞かれてしまった。いろいろ話せるようになったなと思うと嬉しい。

 

はじめて訪れた「如来堂」。斎藤一を隊長とする会津新選組死闘の地。

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母成峠の戦いに敗れた新選組は、北へ向かおうとする土方歳三らと会津に留まろうとする斎藤一らに分かれました。このとき斎藤一は「今、落城せんとするのを見て、志を捨て去る、誠義にあらず」(谷川史郎兵衛日記)と同意した隊士とともに会津へ残りました。明治元年(1868)年9月4日、城下に進出した新政府軍は、如来堂に立てこもる新選組を攻撃し激しい戦いを繰り広げました。このとき全員討ち死にしたとされています、実際は、斎藤一をはじめ数名が生き残りました。

引用:如来堂|観光スポット|会津若松観光ナビ
http://www.aizukanko.com/spot/150/

 

久しぶりに「神指城跡」へ。鶴ヶ城の2倍の面積になる予定だった城。完成していたらどんな城になっていたのだろう。この築城工事が徳川家康の会津上杉征伐の一つのキッカケになったとされています。本丸跡地にある看板を観て、実際に周りを観て面積がとてつもなく大きいと感じることができる。

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会津藩初代藩主・保科正之公のお墓参り。土津神社へ。

会津若松市の会津藩歴代藩主の墓所、院内御廟から猪苗代町へ移動し、会津藩の初代藩主・保科正之公の墓所、土津(はにつ)神社へ。院内御廟は二代藩主からの墓所で、初代藩主が眠るのは猪苗代町。前回訪れたのは4月上旬でまだ雪があった。約1ヶ月半ぶりに訪れた。
今回、5月23日は雪が溶けており、前回土津神社の奥にある保科正之公墓所・奥の院参道は雪が積もっていて入ることが出来なかったが、しっかりお墓参りすることができた。写真を撮ってきたのでいくつか掲載する。

一番上の写真は土津神社入口。白の鳥居が見えてくる。

 

白い鳥居。

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拝殿の周りには保科正之公の家臣が祀られている。いまも殿を見守り支えているようだ。

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拝殿に向かって右に進むと、保科正之公墓所・奥の院参道となる。ここから歩く。

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到着。

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門には葵の御紋。

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会津中将源君之墓。その奥に鎮石。

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ここに初めて訪れたこと、院内御廟に訪れたこと、14代当主・松平保久さんの講演を聞いてきたことをご報告。

登ってきた道を戻る。

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拝殿の前にある碑石。院内御廟と同じく神獣・亀趺(きふ)がお墓を向いて守っている。この碑石は正之公の生い立ちから業績など1943文字が刻まれており、日本最大のもの。

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前回訪れた際にもブログに書いたが、この土津神社は日光東照宮と比較されるほど絢爛豪華だったといわれている。戊辰戦争の際に消失した。今回訪れたときにも、当時どんなに豪華だったのだろうかと思ったと同時に、キレイに整備され守っていくと地元の人の気持ちが伝わってきて素晴らしい場所だ。

初代藩主・保科正之公から院内御廟の二代から九代藩主の松平容保公、そして、容保公の墓所の左側にある松平家のお墓を全てお墓参りした日になった。静かに会津精神を学ばせていただいた日になった。

前回訪れた土津神社のブログ
https://saitoshinya.com/?p=3919

 

<参照サイト>
土津神社 | 八重が学んだ「精神」 | 八重のふるさと、福島県